ヴェノナ文書の意味するもの

 田母神俊雄防衛省航空幕僚長(論文発表時点)の論文で触れられていた事から、ヴェノナ文書が注目されているという。
 この文章は、ヴェノナ文書の紹介のために2006年に書いたものであるが、今まで埋もれていたと言っていい。




ヴェノナ文書のような重要な記録が翻訳されていないのは、日本にとっていい事ではない。あの戦争がどのように引き起こされたのか知るのは、平和を望む者にとって大切な事だからだ。
 戦争のきっかけが、ひとつという事はないだろうが、ヴェノナ文書に記録された事情は、開戦の大きな原因のひとつだったと考えられる。
 田母神氏の論文問題について、何か言葉を差し挟むつもりはないが、田母神論文には深く頷くところがある。
 田母神論文問題によってひきおこされた関心が、情報への理解に深まるよう願う。
  2008.11.24

目森一喜

 ヴェノナ文書は、アメリカと旧ソ連の間で交わされた電報を、1930年代から1940年代にかけて傍受し、暗号を解読した、米国家安全保障局(NSA)の記録文書である。
 ヴェノナ文書は、長くその存在すら秘密にされた来た。1970年代に情報機関の米国内での秘密活動が問題とされた時に、NSAが米ソ間の電報を傍受していた事が取りざたされたが、深く掘り下げられる事はなかった。いくつかの諜報史や元諜報員の証言で、その存在と名称が示された事はあったが、真相が確認されるには至っていなかった。
 ヴェノナの公開までの過程は、1991年に始まる。ソ連崩壊後のロシアに飛び、モスクワのコミンテルン記録文書館で調査を始めた研究者たちがいた。彼らがその時の調査をもとに出版した本を読んだパトリック・モイニハン議員が、クリントン政権に働きかけ、1995年、ヴェノナを公開させたのである。
 コミンテルン記録文書館は「近代史の文書の保存と研究のためのロシアン・センター」(RTsKhIDNI。「リッツキドニー」と発音する)と名称を変え、外国人でも利用できるようになった。リッツキドニーのロビーの半分はプライベート・バンクが賃貸しており、レーニン像がそれを見下ろしているのだそうだ。
 このリッツキドニーの倉庫に、アメリカ共産党の記録が保管されていた。興味を持つ者がいないため、人里離れた所にある倉庫に移されていたのである。リッツキドニーの職員からそれを教えられた研究者たちは、すぐにその記録を取り寄せた。
 届いた記録は4300以上のファイルだった。大がかりなコレクションである。この記録はアメリカ共産党の米国内での活動を明らかにした。コミンテルンの司令で動いていた米共産党(CPUSA)の中には、スパイ活動に従事する者も多くいた。
 研究者のジョン・アール・ハインズ、ハーヴェイ・クレア、F・I・フルイソフは『アメリカ共産主義の秘密の世界』(『アメリカ共産党とコミンテルン―地下活動の記録』として五月書房より刊)、『アメリカ共産主義のソビエト世界』を刊行した。これがモイニハン議員の目にとまったのである。
 ヴェノナにふれている本としては、産経新聞「ルーズベルト秘録」取材班による『ルーズベルト秘録』上下(扶桑社文庫)、アン・コールター著『リベラルたちの背信―アメリカを誤らせた民主党の60年』(草思社)がある。ヴェノナを直接主題としたものは翻訳がない。『Venona』John Earl Haynes & Harvey Klehr(YALE UNIVERSITY PRESS)がアメリカで刊行されている。

 1995年7月11日、ヴェノナは公開された。ロシアと米国の資料が突き合わされ、かつての米共産党の活動が明らかになりはじめた。
 アメリカの地下共産党は、米民主党を隠れ蓑にして、議会委員会に入り込んだり、情報機関を含む政府機関の浸透し、政策決定にまで影響を及ぼしていた。
 アメリカ政府の中に、旧ソ連のスパイ網が作られていたのである。
 ヴェノナの公開は、アメリカに深い衝撃をもたらした。
 昔の話ですむ事ではなかった。まず、悪名高いレッド・パージ、マッカーシズムが再評価され、正当なものと認められはじめた。
 言論界、思想界、ジャーナリズムの勢力図も変わりはじめている。
 米民主党リベラル派は、大きな打撃を受けた。
 1944年にアメリカ秘密共産党は、米民主党左派となり、影響下にあった労農組合や団体を次々と米民主党に統合させた。
 これを推進したのはアール・ブロウダーという秘密共産党員だったが、ブロウダーは偽パスポート使用で服役していた所をルーズベルト大統領によって救われた男だった。ブロウダーの同志、ジョセフィン・トゥルスロウ・アダムズがルーズベルト夫人エレノアに働きかけたおかげだった。
 ルーズベルト周辺のニューディーラーには旧ソ連のスパイであった秘密共産党員が多数存在した。
 米民主党左派と言えば、米リベラル派の牙城である。これが旧ソ連スパイの巣だったとされたのである。リベラル派は拠点を叩かれた格好となった。
 CIAの前身である情報機関OSSの調査局長だったマウライス・ハルペリンの名なども、スパイとしてあがっている。
 中でも一番の大物は米財務省のナンバー2であり、政府内で最も影響力を持つ高官の一人とされたハリー・デクスター・ホワイトである。ホワイトは、日本が太平洋戦争に踏み切るきっかけとなったアメリカの最後通告、ハル・ノートの起草者であり、戦後の経済体制を決定したブレトン・ウッズ会議の出席者であり、ジョン・メイナード・ケインズとともにIMFを作った事務官であり、IMFの初代米国理事となった人物である。これがスターリンの司令で動いていたのである。
 こうしたスパイたちは、核兵器やジェット飛行機の秘密をソ連に渡すなどの活動を行った。

 ヴェノナは約3000の暗号電報の解読記録であるが、その読み込みはまだ続いているという。政治的に劇薬となりうるものであるだけに、個人名の特定や突き合わせなど、手間がかかっているのだろう。
 ヴェノナの読み込みが進めば、現代史は大きく書き替えられる事になる。その過程でリベラル派の傷は深まるだろう。
 そして、米リベラル派の崩壊は日本にも影響せざるをえない。米民主党はアメリカ政界で圧倒的な力をふるって来た。リベラルは大勢力なのである。アメリカの外交政策も、リベラルの影響力が強いが、それらが大きな変更を迫られて行く。リベラル派の力は、今後、時間の経過とともに失われて行くだろう。
 ヴェノナによって書き替えられる歴史は、私たちの認識にまったく新しい光を与える。

2006.3.10 up