雇用と保護主義
雇用と保護主義
2009年3月分析
目森一喜 on zero-in
四月には、ロンドンでG20サミットが、ジュネーブでNATOサミットが開催される。
このふたつは極めて重要な会議で、ここに向けて様々な形でせめぎ合いと駆け引きが行われている。
現在の世界不況にあって、当然、主題は景気回復となるが、その核心は雇用である。
雇用問題は、一方で新自由主義型グローバリズムの展開と密接に結びつき、もう一方で、冷戦の終結と深くつながっている。
冷戦終結と同時に、東側の労働者が世界市場に登場した。すべてが国営であった地域で国家が崩壊したために、唯一の雇用主を失った労働者が、新自由主義の単一市場にあふれ出る事となったのである。
その結果、雇用は西側にしかないのに、労働者は東西に存在する事となった。
そして、東側の安い労働力に、西側の雇用が向かう事となった。これは、経済原則に則った動きであったと同時に、政治的な配慮の結果でもあった。冷戦終結時、東側の崩壊が深刻化すれば、世界の半分がボスニア化する恐れがあったのである。東側が動乱で液状化したら、西側も巻き込まれずにはすまない。
それを怖れた西側は、経済的統合による崩壊の抑制を図ったのである。
世界単一市場とは、すなわち、東側の統合に他ならなかったのである。これがグローバリズムの姿であり、冷戦終結後の新自由主義政策の内実だった。新自由主義は、時間稼ぎと妥協の産物だったとも言える。
時間稼ぎで期待されていたのは、東側の経済的成長であり、市場の形成だった。金が回るのだから、東側の人々が市場を作ると考えられたのである。
だが、東側の経済があまりに不効率であり、しかも、未成熟であったため、西側が期待した市場は、いつまでも出来なかった。
低価格な労働力であっても、賃金が支払われるのだから、それに見合った市場が形成されるはずだった。商品は、人件費削減分低価格になっているのだから、東側の市場も形成されやすいと思われていた。
だが、東側では、マフィア化した旧権力による中間搾取が大きく、市場に循環しなければならない資金が、権力マフィアの手で地下経済に漏れ出てしまった。
例えば、中国の下層労働者は、賃金の半分以上が搾取されている。場合によっては、約束の一割しか賃金が支払われていない。これでは投資に見合った市場が形成されるはずがないのである。
中国だけでなく、ロシアでも、東欧でも、地下経済に吸い込まれて行く資金が、あまりにも多いのである。
中国が、アメリカで保有している資産は、一兆ドルだと言う。これは、搾取した金であり、本来、賃金として労働者に支払われなければならなかった金だ。中国市場に出回っていなければならないものなのである。だが、それがアメリカで投資されている。
中国経済を成長させ、市場に循環していなければならない金が、アメリカにある。これが中国経済の不効率である。これが中国の権力マフィアの仕業である。
この一兆ドルは、中国での市場形成が、どれほど不効率であるかを示す金額なのである。
だが、これはそのような資金の、ほんの一部だと考えられる。
対テロ戦争で、ドルの監視が厳しいものになった。そこで、国際地下経済を流れる資金は、ユーロに向かったという。
アメリカが、大きな圧力をかけて、スイス銀行の守秘義務を緩和させた背景は、経済政策の有効性を確保するための監視体制作りである。これでユーロも監視下に入る。
一方、雇用が東側にシフトしたため、西側の市場は縮小した。アメリカでは、それが中産階級の没落という形で表れた。
アメリカで支払われた賃金は、効率良く市場に還元されるが、中国で支払われたはずの賃金は、市場に還元されて行かない。
同じ雇用と投資がアメリカに投下されていれば、巨大な市場が出現していたはずだが、現実に起きた事は市場の縮小だった。
西側の市場が縮小し、東側の市場が形成されない。
労働力の供給に変化はないのに、市場が縮小してしまったのである。不況にならない方がおかしい。
労働力が安いだけでは、経済効率は良くないのである。賃金が市場を形成し、消費が需要を生み、供給がさらに雇用を生むという循環にならねば、歪みが生じるだけなのだ。
現在の世界的不況は、この歪みの調整が本質である。その始まりが雇用のシフトであったために、問題は労働問題として先鋭的に表れる事となった。
米外交問題評議会(CFR)が、二〇〇九年に、世界中で二四〇〇万から五二〇〇万人が失職したという国際労働機関(ILO)の統計を引きながら、「逆グローバリゼーションの危機」と論じた。
逆グローバリゼーションとは何かと言えば、保護主義である。
これまで、新自由主義政策のグローバリゼーションによって、世界は単一市場で結びつけられる方向にあった。それが世界的不況で暗礁に乗り上げた。自由主義でなければ、選択肢は保護主義しかない。そこで、まず労働者が保護主義的主張を掲げはじめた。
ドイツでは、新たな階級闘争などと言われ、資本家と労働者の対立が深まっている。オペルの労働組合は、反GMのデモを組織し、東欧からの経済支援の呼びかけに対し、反グローバリズム活動家が「他人の危機に出す金はない」と発言するなど、排外的な意識が高まっている。
これはドイツだけの傾向ではなく、EU全体の傾向と言える。外国に雇用を持って行かれ、国内の雇用も流入する外国人労働者と分かち合わねばならない。そこで失業率が跳ね上がったのある。排外的な方向で労働者の不満が高まったのも当然だった。
英国の労働者は「英国の職は英国人に」と書いたプラカードを上げた。
労働運動が激化し、無視できなくなった。
フランスのソニーでは、解雇された労働者が怒り、工場に社長を監禁し、団交を承知させるという出来事があった。
三月十九日には、フランスで、公務員ストとデモが行われ、百万人を越える参加者が、サルコジ大統領の経済政策に抗議した。
ヨーロッパの労働運動は、ここまで激化しているのである。
労働問題の拡大と深化による、抗議の勢いの増加に押されて、各国政府は徐々に保護主義的政策を取り始めている。
だが、保護主義は可能であろうか?
すでに、世界経済は密接に結びついており、グローバリズムが基調であるしかない。一国内で自給自足が可能かどうか考えるまでもない。すでに、地球上に、鎖国できる国家も、地域も存在しないのである。
新自由主義は最良の方向などではない。他より、多少はマシという程度ものだ。他にもっといい経済政策があれば、そちらを採用する事に躊躇はいらない。しかし、今のところ、それは見あたらないのである。
しかし、緊急避難的な不況対策として、戦術的に保護主義政策がとられる可能性がある。
各国が、雇用を自国に、自国民にという方向に向かうのは、当然の流れとなった。
これはEUにとって危険な兆候でもある。EU域内で保護主義傾向が強まれば、内部に亀裂が生じ、最終的には、EUそのものが消滅する危険すらある。
あるいは、域外であっても、保護主義によって市場が閉ざされれば、その影響は大きい。
つまり、保護主義は永続的な政策とはなりえない。それでも、現在は、一時的に保護主義傾向が強まるのを見守るしかないだろう。
中国を例にとれば、すでに述べた通り、賃金が正当に支払われるのであれば、半分かそれ以下の雇用で、市場規模は変わらないのである。
その半分の雇用が西側に返って来るだけで、西側の雇用問題はあらかた決着がつく。
中国市場は変わらずであり、西側の市場は拡大する。
保護主義的調整は、こうした方向に向かうだろう。保護主義の傾向が消えるには、雇用が必要だからである。
冷戦終結後、ほぼ二十年を経て、世界的な政治経済が直面しているのは、このような大きな曲がり角である。
曲がり角で変化する事のひとつに軍事がある。
今年に入って、ヨーロッパは、もうひとつ、重要な問題に直面した。
一月、ロシアがウクライナへのガス供給を停止した。ガスのパイプラインは、ヨーロッパまで通じており、停止の結果、ほぼひと月、ヨーロッパが凍える事となった。
老婆が小さな電気コンロひとつで、やっと暖をとりながら暮らしているとか、あまりの寒さが苦痛で子供が家出し、南の国に出奔を図ったなどと報道された。
最終的に、NATOを通じてロシアへのガス供給再開を申し入れ、プーチンが承認して決着がついたが、軍事同盟であるNATOをもって事に当たらねばならないほど、ヨーロッパは追いつめられた。
このガス危機で、EUは、ロシアにエネルギー供給を依存する事が安全保障上の大問題であると認識せざるをえなかった。
まず、二度とこうした事態に立ち至らないために、軍事力の強化が必要となった。そして、もうひとつ、エネルギー政策が見直される事となった。
EUは、一気に原子力発電に向かい始めた。そして、原子力発電は、EUにとどまらず、再び、世界のエネルギー問題の「クリーン」な解決策として浮上した。
原子力発電建設市場の拡大を見越したドイツのジーメンスとロシアのロサトムが原子力発電建設市場での提携した。
ドイツは原子力発電を推進していないが、ジーメンスとロサトムは、世界的な需要があると読んだのである。
二酸化炭素削減は、原子力推進を意味するようになり、環境保護活動団体も、過激派グリーンピースをはじめとして、原子力発電推進派になだれ込んだ。英国緑の党が、原発反対の立場を堅持し、推進派となった議員の処分を発表する一幕もあった。
世界不況とロシアのガス供給停止によって激しく揺さぶられたEUは、大きな政策転換をしなければならなくなったのである。
ガス危機がNATOの覚醒をうながす結果となった。そして、この四月のNATOサミットにおいて、NATOにフランスが復帰する。これは、ド・ゴールがNATOを脱退して以来の出来事なのである。
ド・ゴールがNATOを脱退したのは、英米の情報機関が背後にいる勢力に暗殺されかかったからだった。
暗殺未遂に怒ったド・ゴールが、アメリカ主導の軍事同盟であるNATOを脱退、パリにあった本部を追い出したのであった。
過去にそういう経緯のあったNATOである。フランスの復帰は、歴史的な出来事と言っていい。
NATOは、アメリカ主導の軍事同盟であったが、フランスの復帰により、これまでよりもEU軍の色彩が濃くなる。
元々の仮想的であるロシアが軍備増強を行っている事もあって、NATOの統合性が高まり、強化される事は大きなメリットと意識されているだろう。
しかし、この動向は、EUの強さを示すものではなく、凋落傾向を指している。
昨二〇〇八年十二月二十八日に開始されたイスラエルのガザ攻撃、「キャスト・リード作戦」で、パレスチナ、中東地域への国連の影響力は打撃を受けた。国連はヨーロッパ色の強い機関と言っていい。国連が影響力を失うのは、ヨーロッパの後退でもある。
ヨーロッパと国連がイスラエル非難に回ったのは、アメリカとイスラエルに対する牽制の意味合いもあった。
こうしたヨーロッパの退潮にあっての、フランスのNATO復帰である。大きな意味を持つと言っていい。
アメリカでは、オバマ新大統領が、政権発足から三月まで、内政の経済問題に縛られる事となった。
不得意な問題に取り組み、批判を浴びるオバマ大統領を後目に、派手な外交を演じたのはヒラリー・クリントンだった。
ヒラリーは、東アジア、西欧、中東と、飛び回り、中東和平に取りかかった。
ヒラリー・クリントンは中国から支援を受けて来たと考えられる人だ。
中国にとってのヒラリーは、雇用の保護者である。
ヨーロッパの保護主義傾向を受けて、アメリカが保護主義に向かい、中国から雇用を引き上げれば、中国の内政が行き詰まる。
チベット問題もあり、中国に対する遠慮など、もう誰もしなくなっている。
中国から、西側の雇用が消えれば、食べられなくなった国民が暴動を起こす危険がある。小さな暴動は常に起き続けている中国だが、いつまでも国民を抑えつけられるものではないだろう。
大きな暴動が起きたら、過去に例を見ない大弾圧をもって押し切るしかないだろう。
共産党幹部と中国軍幹部が搾取の利益を減らし、賃金を正当に分配して国民をなだめるか、力で蹴散らすかの選択を迫られた場合、力の行使に走る可能性の方が高い。
その場合、中国は、カントリーリスクを高める道に迷い込むと予測される。
これをとどめる事を、中国はヒラリーに期待しているのである。
ヒラリーが成功し、力を持てば、その影響力をもって、これまで通りアメリカからの雇用と投資を維持できるからである。
だが、三月半ばに米海軍と中国海軍が南シナ海でにらみ合う事態となった。
元々は、中国海軍が、米海軍艦船を追尾していた事から始まった事だった。
アメリカは、中国のいやがらせを国際法違反と非難し、戦闘艦デストロイヤーを派遣した。これは、オバマの政策だろう。
中国は、国際法違反はアメリカの方だと反論し、海軍艦船を増強した。
チベットの暴動五十周年記念と同時期に、米中が小さな対立関係に入ったのである。
時期的な事を言えば、ヒラリー・ロダム・クリントンが中東和平外交を展開し、耳目を集めたわりに実を結ばず、空騒ぎの印象に終わった直後である。
オバマ政権の中国政策は、当面、投資と雇用配分の抑制という、戦術的保護主義とでも言うべきものとなりそうである。
保護主義的過程を経て、アメリカ経済を立て直し、世界経済を不況から立ち直らせる以外に方法はない。
アメリカの政策は、ヒラリーの思惑とは違った展開になりそうである。
中東政策も、ヒラリーの路線と変化がないように見えて、少しずつ違って来ている。
何が違うと言って、ヒラリーがいないのが一番違う。オバマは、けっこう地味で着実なやり方をする人のようだ。
ロシアのプラウダが、三月十九日に「アメリカは経済政策に二つの選択肢を持っている:債務不履行宣言か、戦争の引き金を引くかである」という記事を出している。
中身は大恐慌から米経済を救ったのが第二次大戦だという議論で、新味はない。この記事の含みは、経済と戦争が背中合わせであるという事である。
二月二十六日には、アメリカ中央情報局(CIA)が、防衛上の脅威として経済問題を挙げたとワシントンポスト紙が報じた。これも、経済と戦争の接近を示している。
不況で東側の雇用は自然減に向かう。その時、軍拡がトレンドとなれば、国内で防衛産業が雇用を吸収する。その上、関係が対立状態にあれば、企業進出は停止する。東側から雇用を引き上げるには、保護主義と軍拡が一体となるのである。
東側の権力が、統治を維持しようとするなら、マフィアである事を辞めねばならなくなる。そして、違法に蓄積した富をはき出し、国内市場の形成と整備に取り組まねばならないのである。
大きな戦争は起きようがないが、敵対や小さな戦争はあるかもしれない。
ただし、その顔ぶれと組み合わせは、これまでと違ったものとなるだろう。
英米が、外交問題として注視しているのが、パキスタン情勢である。
昨年、英国の戦略研究所が、パキスタンを、世界最大の武器の闇市場と評したが、その武器の供給元は中国である。パキスタンの核開発には、中国、北朝鮮が深く関わっている。当然、政府内、とりわけ、軍部、情報機関との関係も密接である。
アメリカとのつながりも、冷戦時代から強いものがあり、ソ連を偵察するU2偵察機の基地はパキスタンにあった。パキスタン内には、アフガン戦線への補給基地だけでなく、こうした秘密基地が、現在も存在する。
パキスタンの国内勢力は、アメリカ、中国と結びついており、また、アフガニスタンのタリバン、現政権、阿片農民勢力も、国内に拠点を持っている。
今後、中国の影響力が、パキスタン問題の重要な鍵となって行くかもしれない。
衛星打ち上げを行い、核開発に余念のないイランに対し、アメリカは対話を求めている。恐怖か平和かという、強引な申し出であるが、元々、イランはアメリカの友好国である。
ロシアも、イランに働きかけ、会談の後押しをする事をアメリカに申し出ている。
イランはパレスチナのハマスの第一の支援国でもある。また、やはり、イランから支援を受け、ハマスにも影響力を持つヒズボラと英国が非公開の交渉に入っている。
ロシアでは、メドヴェジェフが、軍備増強に取り組んでいる。そして、戦争準備をしているとも言われる北朝鮮が、四月八日に衛星(ミサイル)の打ち上げを計画している。
北朝鮮が、アメリカの食料援助を拒否したと、三月十七日のワシントンポスト紙が報じたが、四月八日の打ち上げは、日本としても注目せざるをえない。
アメリカは、衛星であってもミサイルと見なし、撃墜すると宣言しており、北朝鮮は迎撃を攻撃として反撃すると言っている。
そして、ロンドンのG20サミットである。
サミットというと出現する反グローバリズム活動家たちは、今回、特に激しい行動に出る事が予想されており、ロンドン警視庁は「警官の行動の制限を緩和して、警備に取り組む」と言明している。
抗議活動警備だけでなく、テロ対策も強化されており、ロンドンの高級ホテルはムンバイ型のテロに対して脆弱であるとして、緊急対策がとられている。
波乱含みのG20ロンドン・サミットだが、これが保護主義台頭の舞台となるか、グローバリズム堅持となるか、そして、誰もが主張する金融規制の内容と、重要項目が多い。
四月は、二つの重要なサミットと、北朝鮮の衛星(ミサイル)打ち上げの月である。
(月刊タイムス 2009.5 掲載)



